間接交換結合、巨大磁気抵抗効果

 物質の電気抵抗率が磁場により変化する現象を磁気抵抗効果と言います。ふつうの金属の磁気抵抗効果は数%だが、1 nm程度の強磁性薄膜(F層)と非強磁性薄膜(NF層)を重ねた多層膜には数10%以上の磁気抵抗比を示すものがあります。このような巨大磁気抵抗(GMR)効果は、多層膜の磁気構造が外部磁場によって変化するために生じます。F層の磁気モーメントが1枚おきに反対方向を向いたAF状態は高抵抗、外部磁場により磁化を一方向に向かせたF状態は低抵抗です。伝導電子の界面散乱にはアップ・スピンチャンネル、ダウン・スピンチャンネルがあるが、AF状態では両チャンネルが高抵抗、F状態では一方が低抵抗であるからです。スペーサーNF層を介してF層が間接的に磁気相互作用し、AF秩序を形成する現象を間接交換結合と言います。NF層の厚さを変化させると、AF状態とF状態が交互に現われます。不思議なことに、その周期はNFの種類に依らず、どの金属でも約1 nmです(Crは例外:1.8 nm)。間接交換結合の周期はRKKY理論ではフェルミ面の形状で説明されます。Fの磁化の影響によりNF層のsp電子ガスが磁気分極し、交換積分Jが周期λF/2で正、負に振動します(λF:sp電子のフェルミ波長)。間接交換結合の周期はNFのフェルミ面の極点を膜面法線方向に結ぶベクトル(spanning vector)の長さの逆数で与えられ、実験で観察された長周期(〜1 nm)、短周期(0.2〜0.3 nm)と良く一致します。Co/Cu多層膜中のCu層の4pバンドが磁気分極していることはXMCDを測定すると分かります(左図、詳細はここここ を見て下さい)。光電子分光ではCu層のsp電子が量子井戸状態(QWS:quantum-well states)を形成していることが観察されています。Co結晶のバンド・ギャップはCu電子のフェルミ・エネルギー(EF)の近傍にあります。このため、Cu層のsp電子は界面を越えてCo層内に入り込むことができず、反射されて定在波を形成します。Co界面がポテンシャル障壁となり、Cu電子をポテンシャル井戸の中に閉じ込める訳です。この定在波の波長が間接交換結合の周期になります。量子井戸状態が形成されるのはCoの磁化がF配列しているときであり、閉じ込められるのはマイノリティ・スピンのCu電子です。Cu層の厚さがN原子面の場合、離散的エネルギーを持つN個のQWSが作られます。膜厚を少し変えると、EFレベルの状態密度が増え、系が不安定になるので、Co磁化がF配列からAF配列へスイッチします。量子井戸状態は半導体では良く知られた現象です。半導体では電子波動関数の波長が長いため、200 nm程度の構造で量子効果が観察されるが、電子密度の高い金属では1 nm程度の構造でないと量子効果は現われません。金属中の電子のフェルミ波長(λF=2π/kF)は原子面間隔程度ですが、格子周期との唸り(ビート)は1桁大きな周期を持ちます(これが定在波の周期になります)。RKKY理論はこのことを逆空間(運動量空間)で説明しています。このように、間接交換結合は電子のエネルギー構造と密接に関連した現象です。磁化配列と電子状態の関係には未解明の課題が多々あります。本講座では新しい磁性プローブである共鳴X線磁気散乱により、間接交換結合の機構を研究しています。なお、GMR効果は磁化がAF配列した場合にはいつも観察される現象であり、AF配列は間接交換結合以外の方法でも作ることができます。
 GMR効果は高密度磁気記録装置、磁気センサーに用いられます。現在市販されているハードディスクのヘッドはGMR材料で作られています。これにより記録密が1 Gbit/inch2から10 Gbit/inch2へ一桁改善されました。記録密度を上げるとディスク上の1ビットの面積が小さくなり、洩れ磁場が小さくなるため、僅かな磁場変化で電気抵抗が大きく変わる材料でヘッドを作る必要があります。トンネル磁気抵抗(TMR)膜(GMR膜より大きな磁気抵抗比が得られる)が実用化されれば、記録密度がさらに1桁向上します。高速、不揮発性、低消費電力の磁気メモリは半導体メモリに代わり、将来の情報化社会を支えると期待されます。半導体は産業の米と言われて来たが、将来は金属がその地位を奪うでしょう。



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