研究概要
当研究室では、物性物理、電子工学、表面科学、高分子物性、物理化学などをベースに、有機分子によって電荷の発生や輸送、あるいは、熱輸送を制御し、エレクトロニクスに応用する研究を行っています。
当研究室の特徴の一つは、有機材料中のナノ構造によって生じる物性を根本から理解するためのさまざまな構造/物性評価装置や新しい薄膜成長装置など、研究のツールから独自に開発する点にあります。
もうひとつの特徴は、だれかの後追いではない革新的なデバイスを提案し、切り開いてゆくことです。新しい機能を得るためには、どのような材料のどのような物性を利用し、それ活かすためにどのようなデバイス構造をどのように作れば良いか、トータルで提案し実証してゆきます。
有機エレクトロニクスを研究することの面白さは次のような点にあるかと思います。
- 有機材料化学の立場からは、有機材料によってこれから大きく発展する応用分野を切り開くことができること
- 半導体工学の立場からは、無機物質より桁違いに多様な有機物質によって、まったく新しい機能が電子デバイスに活用できること
- 物性物理学の立場からは、無機物質で研究しつくされた感があるこの分野において、新奇性の高い新現象が発見される確率がより高いこと
以下は、研究チームごとの大まかな紹介です。より詳しくは、個々の研究テーマ紹介をご覧下さい。
主な研究テーマ
分子接合による熱輸送制御とフレキシブル熱電素子および導熱材料への応用
カーボンナノチューブ(CNT)は、単体ではダイヤモンドに比類する高い格子熱伝導率を示しますが、薄膜などの集合体ではCNT間の界面が熱輸送を律速するため、熱電材料としては熱伝導率が高すぎ、導熱材料としては低すぎるという中途半端な熱伝導率になりがちです。当研究室では、CNT間に特殊なタンパク質による単分子接合を形成することで、電流を流す能力を妨げずに熱伝導率が最大1/1000程度にまで抑制されることを見いだしました(図1)。これを熱電材料とすることで、断熱材に近いレベルで人体や生活環境の熱を逃がしすぎることなく効率良く電気に変換する環境発電素子が誕生します。![]() |
図1 カーボンナノチューブを無機粒子内包かご状タンパク質で接続した熱/電荷輸送独立制御ナノ構造 |
このような新材料を生み出す研究だけでなく、CNT系熱電材料を糸にしてデバイスを作り込むことで、これまでに無かった「発電する布」(図2)を創り出す研究も行っています。
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図2 カーボンナノチューブ紡績糸を縫い込んだ「発電する布」 |
一方で、CNTにどのような有機物を混ぜてどのように糸状にするかによっては、金属に匹敵する高い熱伝導率も狙うことができます。この研究プロジェクトでは、CNTあるいはグラフェンなどのナノカーボン材料の熱伝導率を有機分子を使って高いところから低いところまで幅広く制御することを目指しています。
その基礎的な研究ツールとして、分子スケールでの温度や熱起電力分布を可視化する新しい走査型プローブ顕微鏡の開発も行っています(図3)。このようなナノスケール熱輸送測定に加えて、平衡および非平衡分子動力学シミュレーションなどによって有機固体や界面における熱輸送機構の理解を進めます。
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図3 熱輸送および熱起電力に対する分子スケールでの観測」 |
JST CREST (JPMJCR18I3)、企業との共同研究など
新奇熱電現象である巨大ゼーベック効果の機構解明と革新的熱電変換素子の創出
温度差によって導体に電圧が生じるゼーベック効果が発見されてから200年が経過し、ゼーベック効果の理論的な説明はほぼ完成されているかのように考えられていました。ところが、当研究室では、有機半導体の薄膜や結晶を高純度にすることで、教科書に書かれた理論で予想される値の100倍にもおよぶ巨大なゼーベック係数が現れることを発見しました。この「巨大ゼーベック効果」は、有機半導体特有の分子に局在した電荷と分子に局在した原子振動が強く結びついていることによると考えられてますが(図4)、その詳細は未だ明らかになっていません。当研究室で発見されたこの新現象について、先端計測・物性理論・計算化学を総動員して機構を解明する研究を進めているほか、この現象を利用した革新的に単純な構造を持つ熱電変換素子を生み出す研究も開始しました。
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図4 巨大ゼーベック効果の概念図:分子性固体に特有の強い電流-熱流相互作用 |
科学研究費基盤(B)(21H02013)など
ポリマーブレンド膜における光電変換素過程の解明と次世代有機太陽電池の開発
光を吸って電気を流す高分子材料(π共役ポリマー)を用いて、次世代のフレキシブル太陽電池として期待される有機太陽電池の研究開発に取り組んでいます。ナノメートルスケールの局所空間領域における光電変換機能を可視化する独自の計測手法を駆使して太陽電池の動作機構を分子レベルで解明しています(図5)。さらに、これら基礎研究を通して得られる知見を活かして、太陽電池の高性能化を指向した応用研究も進めています。![]() |
図5 有機太陽電池の光電変換機能をナノ空間で“みる” |
科学研究費基盤(B)(19H02789)など
気液界面で形成される高配向ポリマー薄膜を用いた高性能有機トランジスタの作製とそれによる超フレキシブルICの開発
当研究室のPandey助教らが発明したFloating-film Transfer Method (FTM)は、気液界面において基板の影響を受けずに高い配向性と秩序を持ったポリマー半導体薄膜を成長させ、それをデバイス用基板に転写することによって高いキャリア移動度を持つ有機トランジスタなどを作製する方法です(図6)。この方法の改良を進めて、p型およびn型の高性能なポリマー電界効果トランジスタを作製し、それらを積層してゆくことで三次元的な構造を持つ論理回路を形成する技術を確立するための研究を進めています。これが実現すれば、どのような表面にも貼り付けられる食品ラップより薄いICが実現されます。
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図6 FTM法による高配向ポリマー半導体薄膜の作製とデバイス用基板への転写 |
科学研究費特別研究員奨励費(20F20069)など
……もっと詳しく!
解説記事など
- 月刊「化学」誌「"やわらかい"熱電材料を追い求めて --有機材料が熱電変換にブレークスルーをもたらす!?」
- J. Vac. Soc. Jpn.「有機電界効果トランジスタ中の伝導準位ゆらぎと テラヘルツ波センサへの応用」
- 応用物理学会有機バイオ分科会講習会テキスト「走査型プローブ顕微鏡および熱刺激電流法を用いたOFETチャネル内キャリア輸送バンドの評価」
- J. Photopolym. Sci. Technol.解説論文 "Carrier Mobility in Organic Thin-film Transistors: Limiting Factors and Countermeasures"
- 熱電学会誌「フレキシブル環境発電デバイスをめざした『やわらかい』熱電材料の探索」
- 応用物理学会M&BE誌「有機トランジスタを用いたTHz波センサのための基礎技術」
- 応用物理学会M&BE誌「放射光を用いた高角度分解能インプレーンX線回折による有機多結晶薄膜の結晶構造解析」
- 応用物理学会M&BE誌「有機材料の特徴を活かした『やわらかい』熱電材料の開拓」
- 応用物理学会誌「フレキシブル環境発電デバイスを目指した有機熱電材料探索」