研究内容の紹介

シンチレータおよびシンチレーション検出器

シンチレータとは、一言で言えば放射線から可視光への変換素子です (概念図は下)。 放射線は極めて透過力が高いため、一旦、シンチレータというフィルターを通して光子に変換し、それらの光子を光電子増倍管などの光電変換素子で電子に変換し、最終的にそれを電気信号に変換して解析する手法が広く用いられています。一方、Si、Ge、CdTe のように、放射線を直接的に変換する半導体検出器というものも存在し、状況に合わせて利用されています。半導体は性能が良い反面、検出器として利用できる化合物種が少ないため、今後の研究展開が期待されます。

この応用範囲は幅広く、 など、あげればきりがありません。

透明セラミックスシンチレータの研究

従来、シンチレータと言えば、暗に単結晶のことを指していました。 ところが近年、多結晶(セラミックス)シンチレータの開発も徐々に行われてきています。 単結晶シンチレータは低融点の物質が作りやすく、一方で多結晶シンチレータは立方晶の構造をもつものに限られますが、高融点が得意といったように、相補的な性質を持っています。 特徴として単結晶シンチレータは、光学的に透明なものが作りやすいといった反面、大きなものの作製には時間がかかる、添加物を均一に混ぜるのが困難である、 壊れやすいなど、歩留まりが悪くコスト高につながるという弱点を持っていました。 コスト高というのは、産業・科学の両分野において大きな問題です。 これら諸問題を克服するために、私は"多結晶(セラミックス)"シンチレータ の開発を行なっております。 多結晶シンチレータは上記の単結晶に見られる問題をほぼ解決しておりますが、一点、光学的に透明なものが作りにくいということが難点でした。これは何もシンチレータ用途に限った問題ではなく、多結晶の光学素子一般に言えることです。 2000年前後までは、可視光の透過率は約60%程度に過ぎませんでした。 これは、単純には放射線を変換し生成した、シンチレーション光を60%しか利用出来ない事を意味し、結果的に元々の情報の半分程度しか利用できないことになってしまいます。 分野によってはこれでも充分な場合もありますが、画像医療のような人命に関わる分野、人工衛星のように限られた情報をフルに利用したい分野などでは不十分であり、 透明性に優れた多結晶シンチレータの開発が求められてきました。 そういった流れの中、神島化学工業が透過率80%を越える多結晶YAGの開発に 成功しました(下図)。

(左) Ce:YAG の PL スペクトル。(右)Ce:YAGの透過率。単結晶に比べてそん色ない。

YAGは元来はレーザー物理の分野で一般的に用いられている素材で、とにかく プロトタイプの製作ということで試行してみました。 現況としては、YAGにCe を添加したものは充分な蛍光が確認でき、単結晶の発光量を上回り、最も性能が期待できる添加物濃度の見積もりもできたので (T. Yanagida et al., IEEE. Nucl. Trans. Sci., vol.51 p1836, 2005)、 さらなる発展的な研究を続けています。具体的には下の三点です。 などです。 私見ですが、科学技術というのは自然科学であろうが応用科学であろうが、 我々の生活に貢献できて、もしくは大きなインパクトを与えて始めて意味を持ち得ると思います。 そういったことを念頭におきつつ、意味のある研究になるよう精進したいと思います。

シンチレータに求められる性能

求められる性能は下記のように多岐にわたり、さらに計測対象とする放射線種によって物質との相互作用の仕方が異なるため、一つであらゆる計測に対応可能な素子はありません。それぞれの用途に応じてもっとも重要な特性が変わるため、用途に応じて最適なものが選択されています。


シンチレータ用受光素子(光電変換素子)の研究

上記の結晶そのものに加え、現在は受光素子の研究も行なっています。 こういった放射線計測の分野では、光電子増倍管 (PMT) を用いるのが一般的でしたが、 私は、次世代の受光素子としてSiアバランシェフォトダイオード (APD) やガイガーモードAPD等の半導体受光素子を用いた計測研究も行っています。 PMTは信号を非常に強く増幅できる反面、物理的形状が大きい、磁場の影響を 受けやすい、量子効率が低い、動作に高電圧が必要などの問題があります。 一方で半導体受光素子 は増幅率も100-100000倍程度で一部の素子は PMT に匹敵し、その他のPMTの弱点は 全て克服しています。 我々としては、現在は単結晶+PMTとなっている放射線検出器を、 多結晶+半導体受光素子 とすることにより、高性能、省スペース、低コストを図りたい と考えています。

Si系の光電変換素子に加え、GaN、ダイヤモンドといったワイドギャップ半導体素子の研究も行っています。これらは可視域に感度を持たない反面、紫外〜真空紫外域にかけて高い量子効率を有します。 近年のシンチレータは、応答速度の高速化の要求にこたえるため、発光波長が徐々に短波長化してきており、Si半導体や従来の汎用光電子増倍管では、シンチレーション光を検出しにくいといった問題が浮上してきています。こういった諸問題を解決するためにも、次世代の光電変換材料としてワイドギャップ半導体に着目しています。

これまでに自身が関わり、実用化された製品

基本的な研究スタンスとして、常に実用化を念頭において研究を行っています。基礎研究においてその研究の評価は10年以上を経ないと定まりませんが、実用化研究は数年以内にマーケットが評価を定めてくれます。個人の好みとして、自分が今やっていることが意味があるのか否かわからないよりは、可否がすぐに分かる応用研究が好みです。基礎研究 (学生時代) と応用研究 (現在) の両方をやってみての結論です。ただし、下記のパルスX線ストリークのように、個人の基礎研究がたまたま製品化されてしまうこともありますし、個人的に興味のあることは基礎研究も継続しております。教育研究スタンスとして、基礎と実用研究は明確に切り分けて行っています。よく、基礎研究を突き詰めていけばその先に実用がある、といった意見をうかがいますが、当該分野においては私の経験上、そのようなことはありません。実用化されるものは、初めから応用分野やマーケットを明確に意識して研究している場合であり、重箱の隅をつついていたら偶々実用化された、というおとぎ話のような都合の良い話は聞いたことがありません。

・中性子用 LiCaAlF6 シンチレータ (トクヤマ社より製品化、下図左)

・ガンマ線用 GAGG シンチレータ (古河機械金属社より製品化、下図中)

・パルスX線ストリークカメラシステム (浜松ホトニクス社より製品化、下図右)



奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科
柳田健之

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