研究テーマ紹介(現在進行中のテーマ)
「やわらかい熱電材料」の探索
人間のあらゆる活動には排熱が伴い、人体もまた100 W程度の熱源である。この未利用エネルギーを回収利用するために、フレキシブル熱電変換デバイスが有望視されている。当研究室では独自の熱電特性評価装置を開発し、種々の有機材料の熱電特性を評価し、新しいメカニズムによるゼーベック効果を研究している。
有機低分子半導体における巨大ゼーベック効果
当研究室では、高純度なフラーレン多結晶薄膜が巨大なゼーベック効果を示すことを発見した。これは、従来よく知られている理論では説明できない特異な現象である。その後、多くの有機低分子薄膜において、同様の巨大ゼーベック効果が見られることがわかってきている(図1)。物性物理学的に興味深い現象であるだけでなく、これが実用化すると、単一の有機材料を2枚の電極で挟んだこれ以上ないシンプルな構造の熱電変換素子が生みだされると期待されている。現在、この現象を制御すべく、実験・計算の両面から研究を進めている。
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図1.様々な有機半導体薄膜における巨大なゼーベック係数とその温度依存性:緑色の帯は従来の熱電理論で予測される値の範囲を示しており、不純物ドーピングを行ったものはこの範囲内に入る。各材料のゼーベック係数最大値が、大きな「●」印で示されている。 |
タンパク質分子接合によるCNT複合材料の熱流制御
高導電率材料と高ゼーベック係数・低熱伝導率材料の直列接続構造を作り込むことで、高性能な熱電複合材料を得るための研究を行っている。例えば、カーボンナノチューブ(CNT)と籠状タンパク質C-Dpsを組み合わせることによって、自己組織的に図2のような単分子接合が形成され、接合部のフォノン散乱により熱流は伝えないが、トンネル効果によって電子あるいはホールを選択的に透過させる理想的な構造を形成することに成功した。その結果、パワーファクターを低下させずに熱伝導率のみ大幅に低下させることに成功している。最大のケースでは、タンパク質分子接合を導入することで熱伝導率が1/1000に抑制される。
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図2.2本のカーボンナノチューブが2個の無機粒子内包タンパク質分子で橋渡しされた接合部の模式図 |
CNT複合材料紡績糸を用いた布状熱電変換素子
人体や生活環境の排熱を利用するエナジーハーベスターでは、絶対性能よりも使いやすさが優先される。ウェアラブル用途における使いやすさのためには、フレキシブル・ストレッチャブルであることに加えて、自然空冷によって十分な温度差を得るために衣服に近い断熱性が要求される。我々の試算では、0.1 W/mK程度以下の低熱伝導率においてもミリメートルスケールの厚みが必要であり、そのような厚みとフレキシブル性を両立する根本的に新しい熱電材料/モジュール設計が必要である。
この要求を満たすために、当研究室ではCNT複合材料紡績糸を用いた布状熱電変換素子を研究している。
図3.布状熱電変換素子が発電する様子:無風の大気中で指を軽く触れるだけで、素子に5℃前後の温度差が生じている。 |
関係論文
- M. Nakamura, Atsushi Hoshi, M. Sakai, and K. Kudo: “Evaluation of Thermopower of Organic Materials toward Flexible Thermoelectric Power Generators”, Mat. Res. Soc. Symp. Proc. 1197, 1197-D09-07 (2010).
- M. Nakamura, Y. Tomatsu, R. Matsubara, A. Hoshi, and M. Sakai: “Potential of Organic Materials for the Application to Thermoelectric Generators”, Ext. Abs. 2012 Int. Conf. on Solid State Devices and Materials, pp. 1299-1300 (2012).
- 中村雅一:“フレキシブル環境発電デバイスをめざした有機熱電材料探索”, 応用物理 82, 954 (2013).
- M. Ito, N. Okamoto, R. Abe, H. Kojima, R. Matsubara, I. Yamashita, and M. Nakamura:“Enhancement of Thermoelectric Properties of Carbon Nanotube Composites by Inserting Biomolecules at Nanotube Junctions”, Appl. Phys. Express 7, 065102 (2014).
- 中村雅一:“フレキシブル環境発電デバイスをめざした「やわらかい」熱電材料の探索”, 日本熱電学会誌 10, 8 (2014).
- H. Kojima, R. Abe, M. Ito, Y. Tomatsu, F. Fujiwara, R. Matsubara, N. Yoshimoto, M. Nakamura: "Giant Seebeck effect in pure fullerene thin films", Appl. Phys. Express 8, 121301 (2015).
- 中村雅一, 小島広孝:“‘やわらかい’熱電材料を追い求めて─ 有機材料が熱電変換にブレークスルーをもたらす!?”, 化学 71, 31 (2016).
- M. Ito, T. Koizumi, H. Kojima, T. Saito, and M. Nakamura: From materials to device design of a thermoelectric fabric for wearable energy harvesters, J. Mater. Chem. A 5, 12068 (2017).
- H. Kojima, M. Nakagawa, R. Abe, F. Fujiwara, Y. Yakiyama, H. Sakurai, and M. Nakamura: Thermoelectric and Thermal Transport Properties in Sumanene Crystals, Chem. Lett. 47, 524 (2018).
- H. Kojima, R. Abe, F. Fujiwara, M. Nakagawa, K. Takahashi, D. Kuzuhara, H. Yamada, Y. Yakiyama, H. Sakurai, T. Yamamoto, H. Yakushiji, M. Ikeda, and M. Nakamura: Universality of Giant Seebeck Effect in Organic Small Molecules, Mater. Chem. Front. (published online, 2018.2). DOI: 10.1039/C7QM00596B
分子接合によるナノカーボン系材料の広範囲熱伝導率制御
ナノカーボン(カーボンナノチューブ、グラフェンなど)複合材料では、ナノカーボンユニット間の接合界面が熱輸送を律速する。本研究では、そこに有機あるいはハイブリッド分子による接合を形成し、分子接合部におけるナノスケール熱輸送を理解し制御することによって、フレキシブルなナノカーボン複合材料の熱伝導率を、断熱材相当からダイヤモンド相当に至る極めて広範囲にわたって制御することを目指す。
(現在進行中のこの大型研究プロジェクトには、前出の「タンパク質分子接合によるCNT複合材料の熱流制御」および「CNT複合材料紡績糸を用いた布状熱電変換素子」が含まれます。)
カーボンナノチューブ/ポリマー複合材料ワイヤによる高熱伝導率の追求
カーボンナノチューブは、理想的な状態ではダイヤモンドに匹敵する高熱伝導率が得られることが知られているが、薄膜や凝集体では金属と有機物の中間に相当する平凡な熱伝導率となる。当研究室では、カーボンナノチューブを一方向に配向させ、適切なポリマーを添加することで、金属を越える熱伝導率を持つ軽量かつフレキシブルな熱輸送ワイヤーを実現するための研究を進めている。カーボンナノチューブとポリマーの混合溶液を細いチューブに流すことで流体力学的にナノチューブが流れの方向に配向する(図1)。これを乱さずに基板の上に転写することで、ナノチューブが長手方向に配向した帯状の薄膜が形成される(図2)。この薄膜を基板から剥離させることで、高熱伝導性のリボンが形成される。
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図1.細いチューブの中を流れる流体中の流速分布とそれによるカーボンナノチューブの配向 |
図2.ディスペンサーロボットを用いて基板上に描画されたCNT/ポリマー複合材料リボンにおけるカーボンナノチューブGバンドによるラマン散乱強度の異方性マッピング |
カーボンナノチューブ複合材料紡績糸の導電率および熱伝導率に対する延伸の効果
カーボンナノチューブ紡績糸は高い導電率や熱伝導率が期待されるが、紡糸直後はナノチューブの配向度や充填率が十分でないために、本来の特性を活かしきれていない。当研究室では引張試験機に電気コンダクタンス測定機能と直径測定機能を組み合わせ、延伸時にその場で導電率の変化を測定する装置を開発した(図1)。これによって、特定のバインダーポリマーを添加したカーボンナノチューブ紡績糸を10%程度延伸することによって導電率が増加し始め、その後最大1.4倍程度になることを確認した。
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図1.独自開発したワイヤ状試料の延伸その場導電率測定装置 |
関係論文
- M. Pandey, R. Abe, N. Okamoto, Y. Sekimoto, K. Nishioka, Y. Okajima, M. Nakamura: "Fabrication of ribbon-like films of orientation-controlled carbon nanotube/polymer composite using a robotic dispenser", Appl. Phys. Express 13, 065503 (2020).
ポリマーブレンド膜における光電変換素過程の解明と高性能ポリマー太陽電池の開発
共役系高分子(共役ポリマー)は、光吸収、発光、電子ドナー/アクセプター性、電荷輸送能をあわせ持つ有機半導体である。このような半導体としての特性と、ポリマーがもつ優れた成膜性・柔軟性を活かして創る、薄くて柔らかな光電子機能性薄膜は、次世代エレクトロニクスの基幹材料として期待されている。そのなかでも我々は、再生可能エネルギーを活用し、深刻化する地球環境問題やエネルギー問題を解決しうる一つの手段として、共役ポリマーの薄膜を発電層に用いる有機太陽電池の研究開発をおこなっている。
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図1.共役ポリマーの特長と機能 |
高効率ポリマー太陽電池の開発
太陽の光を吸収し、プラスやマイナスの電荷を運ぶ共役高分子を用いて、次世代の新型太陽電池として期待されているポリマー太陽電池を開発している。
共役高分子の光吸収波長やHOMO/LUMO準位などの電子物性、分子量や結晶/非晶性といった分子特性を最適化するとともに、発電層の内部構造を分子スケールで制御することにより、エネルギー変換効率の向上を目指している。また、その発電メカニズムを解明する研究にも力を入れている。
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図1.ポリマーで創る軽くて柔らかい太陽電池 |
分子の空間における光・電子機能を“みる”
ポリマー太陽電池など共役ポリマーで創る光電子機能材料の性能には数~数十ナノメートル領域での高分子凝集構造や相分離構造が深くかかわっている。
当研究室では、ポリマー薄膜が示すナノ空間における光・電子機能をナノサイズの電極を用いることで計測して可視化することで、従来の手法では知ることができなかった光・電子機能発現の根源に迫るための研究を行っている。
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図1.電流計測原子間力顕微鏡でナノ空間の光・電子機能を計測する |
n型有機半導体薄膜のナノスケール電荷輸送特性
電流計測原子間力顕微鏡(C-AFM)を用いてn型有機半導体薄膜の電荷輸送特性をナノスケールで可視化することに成功した。電子電流マッピング像と微小角入射広角X線散乱(GIWAXS)測定から得られる構造-電子機能相関情報に基づいて、低分子や高分子有機半導体の薄膜材料が有する潜在的な電子輸送能力を明らかにした。
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図1.低分子(PCBM)、高分子P(NDI2OD-2FT)薄膜の電子電流マッピング像 |
関係論文
- M. Osaka, H. Benten, L.-T. Lee, H. Ohkita, and S. Ito: "Development of Highly Conductive Nanodomains in Poly(3-hexylthiophene) Film Studied by Conductive Atomic Force Microscopy", Polymer 54, 3443 (2013).
- D. Mori, H. Benten, I. Okada, H. Ohkita, and S. Ito: "Highly Efficient Charge-Carrier Generation and Collection in Polymer/Polymer Blend Solar Cells with a Power Conversion Efficiency of 5.7%", Energy Environ. Sci. 7, 2939 (2014).
- Y. Kondo, M. Osaka, H. Benten,* H. Ohkita, and S. Ito: "Electron Transport Nanostructures of Conjugated Polymer Films Visualized by Conductive Atomic Force Microscopy", ACS Macro Lett. 4, 879 (2015).
- M. Osaka, H. Benten, L.-T. Lee, H. Ohkita, S. Ito, H. Ogawa, and T. Kanaya: "Nanostructures for Efficient Hole Transport in Poly(3-hexylthiophene) Film: A Study by Conductive Atomic Microscopy", J. Phys. Chem. C 119, 24307 (2015).
- H. Benten, T. Nishida, D. Mori, H. Xu, H. Ohkita, and S. Ito: "High-Performance Ternary Blend All-Polymer Solar Cells with Complementary Absorption Bands from Visible to Near-Infrared Wavelengths", Energy Environ. Sci. 9, 135 (2016).
- H. Benten, T. Nishida, D. Mori, H. Ohkita, and S. Ito: "Ternary Blend of Conjugated Polymers for Broadening the Absorption Bandwidth of Polymer Solar Cells", J. Photopolym. Sci. Technol. 29, 537 (2016).
- H. Benten, D. Mori, H. Ohkita, and S. Ito: "Recent Research Progress of Polymer Donor/Polymer Acceptor Blend Solar Cells", J. Mater. Chem. A 4, 5340 (2016).
- H. Benten, D. Mori, H. Ohkita, and S. Ito: "Polymer Donor–Polymer Acceptor Solar Cells", Handbook of Polymer and Hybrid Photovoltaics, Wiley (2017).
- M. Osaka, H. Benten, H. Ohkita, and S. Ito: "Intermixed Donor/Acceptor Region in Conjugated Polymer Blends Visualized by Conductive Atomic Microscopy", Macromolecules 50, 1618 (2017).
- M. Osaka, D. Mori, H. Benten, H. Ogawa, H. Ohkita, and S. Ito: "Charge Transport in Intermixed Regions of All-Polymer Solar Cells Studied by Conductive Atomic Force Microscopy", ACS Applied Materials & Interfaces 9, 15615 (2017).
- A. T. Hidayat, H. Benten, T. Kawanishi, N. Ohta, A. Muraoka, M. Nakamura: "Electron Transport in Thin Films of Polymer and Small-Molecule Acceptors Visualized by Conductive Atomic Force Microscopy", J. Phys. Chem. C 125, 13741 (2021).
高配向ポリマー薄膜を用いた高性能有機トランジスタの作製とそれによる超フレキシブルICの開発
ポリマー半導体の多くは有機溶媒に高い溶解性を示し、溶液から作成した薄膜は非常に滑らかで均一である。さらに、機械的な強度が高く曲げや多少の引張りにも強いことから、趙フレキシブルな電子回路を実現するために最高の半導体材料である。ただし、半導体の基本的かつ重要な性質の一つであるキャリア移動度が主鎖の方向に特異的に高い(図1右)ことから、トランジスタのチャネル方向に主鎖を配向させることが重要となる。Pandey助教らが開発したFloating-film Transfer Method (FTM)は、気液界面において基板の影響を受けずに高い配向性と秩序を持ったポリマー半導体薄膜を成長させ、それをデバイス用基板に転写することによって高いキャリア移動度を持つ有機トランジスタなどを作製する方法である(図1左)。FTMで作成された膜は任意の基板に転写することができ、層間拡散の影響を受けにくいため、容易に多層膜を形成することができるという特徴を持っている。それを活かして、超フレキシブル有機トランジスタや三次元的な構造を持つ超フレキシブル論理回路を創り出す研究を行っている。![]() |
図1.(左)FTMによる高配向ポリマー半導体薄膜の作成、および、(右)ポリマー薄膜中でのキャリア輸送過程 |
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図1.有機金属ハライドペロブスカイトの結晶構造 |
図2.NEXAFSにより明らかになった欠陥構造 |
関係論文
- S. R. Raga, M.-C. Jung, M. V. Lee, M. R. Leyden, Y. Kato, and Y. Qi: "The influence of air annealing on high efficiency planar structure perovskite solar cells", Chemistry of Materials 27, 1597 (2015).
- M.-C. Jung, S. R. Raga, and Y. Qi: "Properties and solar cell applications of Pb-free perovskite films formed by vapor deposition", RSC Adv. 6, 2819 (2016).
- M.-C. Jung and Y. Qi: "Dopant interdiffusion effects in n-i-p structured spiro-OMeTAD hole transport layer of organometal halide perovskite solar cells", Org. Electr. 31, 71 (2016).
- M.-C. Jung, Y. M. Lee, H.-K. Lee, J. Park, S. R. Raga, L. K. Ono, S. Wang, M. R. Leyden, B. D. Yu, S. Hong, and Y. Qi: "The presence of CH3NH2 neutral species in organometal halide perovskite films", Appl. Phys. Lett. 108, 073901 (2016).
- Y. M. Lee, J. Park, B. D. Yu, S. Hong, M.-C. Jung, and M. Nakamura: Surface Instability of Sn-Based Hybrid Perovskite Thin Film, CH3NH3SnI3: The Origin of Its Material Instability, J. Phys. Chem. Lett. 9, 2293 (2018).
特定波長の光のみを利用する「明るい有機太陽電池」
小〜中規模の分散エネルギー源として、太陽電池の重要性が増してきている。様々な種類の太陽電池の中で、有機半導体材料を用いた有機太陽電池は分子設計により吸収する光の波長を容易にチューニングすることができるという特長を持っている。
エナジーハーベスティングの観点から見ると、例えば室内での環境発電において照度を低下させないためには、人間の視感度が低いが室内照明におけるエネルギー密度が高い青色光のみを吸収する太陽電池が有望である。図1は、そのような目的で作製された(1)主に青色光を発電に用いる有機太陽電池と(2)青色光に加えて赤色〜赤外光を発電に用いる有機太陽電池の写真と吸収スペクトルである。(2)と比較しても(1)の太陽電池の見た目が明るいことが判る。このような光をあまり吸収しない太陽電池でも、青色領域に限れば光電変換の外部量子効率70%前後の値が得られており、LED照明に対する全波長領域のエネルギー変換効率として数%のものが得られている。
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図1.「明るい太陽電池」の写真と吸収スペクトル |
関係論文
- S. Kanto, Y. Chai, R. Matsubara, and M. Nakamura: "Bright-Color Organic Photovoltaic Devices Using Benzothieno-Benzothiophenes for Room-Ambient Energy Harvesting", Seventh International Conference on Molecular Electronics and Bioelectronics (Fukuoka, Japan), p. 249 (2013.3.19).
- M.-C. Jung, H. Kojima, I. Matsumura, H. Benten, and M. Nakamura: Diffusion and influence on photovoltaic characteristics of p-type dopants in organic photovoltaics for energy harvesting from blue-light, Org. Electron. 52, 17 (2018).
有機低分子薄膜用大面積高速成膜法の開発
有機ELなどの低分子材料を用いた大面積有機エレクトロニクスデバイスを製造するにあたり、真空蒸着法には様々な利点がある。しかし、真空蒸着法の課題として、装置導入・維持コストの高さが指摘されている。それに対して当研究室では、真空蒸着法のプロセスコストを劇的に低減させるための新たな基礎技術を開発している。キャピラリー状の放出口を持つ「高速分子線セル」によって、簡単な構造でビーム状の分子線を放出させ、最大100 Å/s程度までの高速成膜が制御可能である。
図1は、研究用途で有機薄膜を成長させる場合の真空排気時間を含めたトータルタイムの比較である。従来150分程度要していた工程が50分程度にまで短縮されている。真空連続プロセスにすれば、約30倍の高速化となる。一方、成膜速度を速めると膜の結晶性が低下し、キャリア輸送能力が低下することが懸念される。しかし、図2に示されるように、高成膜速度化に伴いキャリア移動度を上昇させる副次的効果も得られている。
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図1.OFET活性層成膜に要する時間の短縮効果(独立装置での単層成膜) |
図2.ペンタセン薄膜における成膜速度とキャリア移動度の関係(能動的基板加熱なし) |
関係論文
- (to be updated soon).
有機薄膜におけるキャリア輸送バンド端プロファイルの解明
有機エレクトロニクスに関する理解は、これまで無機半導体のモデルを借用して進められてきた。しかし有機材料に特徴的な性質を調べるには、ミクロ構造と物性との対応を調べる局所評価法が必要である。当研究室ではペンタセン多結晶膜をモデル材料として、AFMポテンショメトリなどの独自評価法を開発し、放射光を利用した結晶構造解析などと組み合わせて物性評価を進めてきた。 これまでに、結晶ドメイン境界に生じる二重ショットキー障壁型の障壁層が、キャリア輸送のボトルネックになっていることや、従来は電気的に均一であると考えられていた結晶ドメイン中において、平均数十nm程度で周期的なバンド端プロファイルのゆらぎがあること、さらに単結晶であると考えられてきた結晶ドメインも、数十nmサイズの微細な結晶子によるモザイク構造であり、格子のコヒーレンシーが結晶子境界で破れることで前述のバンド端ゆらぎが生じること、などを明らかにしてきた。
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図1.ペンタセン多結晶膜における結晶構造とHOMOバンド端プロファイルの関係 |
関係論文
- R. Matsubara, N. Ohashi, M. Sakai, K. Kudo, and M. Nakamura: "Analysis of Barrier Height at Crystalline Domain Boundary and In-Domain Mobility in Pentacene Polycrystalline Films on SiO2", Appl. Phys. Lett. 92, 242108 (2008).
- N. Ohashi, H. Tomii, R. Matsubara, M. Sakai, K. Kudo, and M. Nakamura: "Conductivity fluctuation within a crystalline domain and its origin in pentacene thin-film transistors", Appl. Phys. Lett. 91, 162105 (2007).
- R. Matsubara, M. Sakai, K. Kudo, N. Yoshimoto, I. Hirosawa, and M. Nakamura: "Crystal Order in Pentacene Thin Films Grown on SiO2 and Its Influence on Electronic Band Structure", Org. Electron. 12, 195 (2011).
- S. Yogev, R. Matsubara, M. Nakamura, U. Zschieschang, H. Klauk, and Y. Rosenwaks: "Fermi Level Pinning by Gap States inorganic Semiconductors", Phys. Rev. Lett. 110, 036803 (2013).
- M. Nakamura and R. Matsubara: "Carrier Mobility in Organic Thin-film Transistors: Limiting Factors and Countermeasures", J. Photopolym. Sci. Technol. 27, 307 (2014).
- 松原亮介, 中村雅一:"放射光を用いた高角度分解能インプレーンX線回折による有機多結晶薄膜の結晶構造解析", 応用物理学会M&BE誌 25, 1172 (2014).
- R. Matsubara, Y. Sakai, T. Nomura, M. Sakai, K. Kudo, Y. Majima, D. Knipp and M. Nakamura: "Quantitative investigation of the effect of gate-dielectric surface treatments on limiting factors of mobility in organic thin-film transistors", J. Appl. Phys. 118, 175502 (2015).
AFMポテンショメトリによるナノスケール電位マッピング
導体や半導体の試料薄膜の電位分布は、電気伝導現象を理解するうえで重要な情報である。当研究室が開発したAFM(原子間力顕微鏡)ポテンショメトリは、カンチレバーホルダーに組み込まれた超高感度電圧測定回路によって、薄膜内の電位分布(「表面電位」ではなく、内部のキャリアが感じる「疑フェルミレベル分布」)を10 nm程度の空間分解能で計測することができる。例えばペンタセンTFTにおけるチャネル中央付近のAFM形状像(図1)からは、菱形状の結晶粒と分子ステップが観測でき、同時に電位像を測定できる(図2)。電流は、図の右から左へ電位勾配に従って流れている。これを見れば、どこでどの方向に電流が流れているかや、結晶粒界が高抵抗になっている様子などが一目瞭然でわかる。この世界最高水準の評価装置を用いて、有機TFTにおけるキャリア輸送の制限要因を明らかにし、最近では結晶粒内のHOMOバンドの空間的なゆらぎを直接観測することにも成功している。
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図1.ペンタセンTFTチャネル部の形状像 |
図2.AFMP電位像(等高線表示) |
関係論文
- M. Nakamura, M. Fukuyo, E. Wakata, M. Iizuka, K. Kudo, K.Tanaka: "Development of AFM Potentiometry for Potential Mapping of Organic Conductors", Synthetic Metals 137, 887 (2003).
- M. Nakamura, N. Goto, N. Ohashi, M. Sakai, and K. Kudo:"Potential Mapping of Pentacene Thin-Film Transistors Using Purely Electric Atomic-Force-Microscope Potentiometry", Appl. Phys. Lett. 86, 122112 (2005).
- N. Ohashi, H. Tomii, R. Matsubara, M. Sakai, K. Kudo, and M. Nakamura: "Conductivity fluctuation within a crystalline domain and its origin in pentacene thin-film transistors", Appl. Phys. Lett. 91, 162105 (2007).
- M. Nakamura, H. Ohguri, N. Goto, H. Tomii, M.-S. Xu, T. Miyamoto, R. Matsubara, N. Ohashi, M. Sakai and K. Kudo: "Extrinsic Limiting Factors of Carrier Transport in Organic Field-Effect Transistors", Applied Physics A 95, 73 (2009).
- J.-G. Yang, W.-L. Seah, H. Guo, J.-K. Tan, M. Zhou, R. Matsubara, M. Nakamura, R.-Q. Png, P.K.H. Ho, and L.-L. Chua: "Characterization of ohmic contacts in polymer organic field-effect transistors", Org. Electron. 37, 491 (2016).
OFET構造を利用したフレキシブルTHz波イメージングデバイス
ペンタセン薄膜に存在するバンド端ゆらぎのポテンシャル障壁の高さは数~十数meVであり、ちょうどTHz領域のフォトンエネルギーに相当する。THzフォトンからエネルギーを受け取った正孔(ホール)がゆらぎポテンシャルの谷底から放出されて有機FETのチャネル内を輸送されることで、THz波検出センサーとして働くと期待される。(図1)
図2は、THz時間ドメイン分光法(THz-TDS)を用いて、ペンタセンFET中に電界誘起されたホールによるTHz波の吸収特性を調べた結果である。赤線(ペンタセンに起因する吸収)と青線(ゲート電極として用いたシリコンに起因する吸収)との差分(赤いハッチング部分)が、世界で初めて測定されたペンタセン中で電界誘起されたホールによる吸収スペクトルである。ゆらぎポテンシャルの形状を反映して、正孔が障壁を乗り越えて励起される様子を表しており、THz波センシングための素過程の一つが確かに起こっていることを示している。現在、THz波イメージングデバイスを実現に向けた、種々のアプローチを行っている。
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図1.OFET型THzセンサの動作原理 |
図2.ペンタセンFETに電界効果ドーピングされたキャリアによるTHz領域の吸収スペクトル |
また、最近、前項で説明した有機無機ハイブリッドペロブスカイト薄膜が、THz領域に特徴的な吸収を持つ場合があることを見出した。これをTHz波センサに応用する研究も現在進行中である。
関係論文
- N. Ohashi, H. Tomii, R. Matsubara, M. Sakai, K. Kudo, and M. Nakamura: "Conductivity fluctuation within a crystalline domain and its origin in pentacene thin-film transistors", Appl. Phys. Lett. 91, 162105 (2007).
- R. Matsubara, N. Ohashi, M. Sakai, K. Kudo, and M. Nakamura: "Analysis of Barrier Height at Crystalline Domain Boundary and In-Domain Mobility in Pentacene Polycrystalline Films on SiO2", Appl. Phys. Lett. 92, 242108 (2008).
- M.-S. Xu, M. Nakamura*, M. Sakai, and K. Kudo: "High-Performance Bottom-Contact Organic Thin-Film Transistors with Controlled Molecule-Crystal/Electrode Interface", Adv. Mater. 19, 371 (2007).
- S.-G. Li, N. Nakayama, M. Sakai, K. Kudo, R. Matsubara, and M. Nakamura: "Oriented Growth of Pentacene Crystals for Improvement of the Charac-teristics of OTFTs", Org. Electron. 13, 864 (2012).
- S.-G. Li, R. Matsubara, T. Matsusue, M. Sakai, K. Kudo, and M. Nakamura: "THz-Wave Absorption by Field-Induced Carriers in Pentacene Thin-Film Transistors for THz Imaging Sensors", Org. Electron. 14, 1157 (2013).
- M. Nakamura, S.-G. Li, T. Ueda, K. Fujii, and R. Matsubara: "Potential Fluctuation of the Carrier Transporting Levels in Organic Field-Effect Transistors and Its Application to Terahertz-Wave Sensors", J. Vac. Soc. Jpn. 58, 97 (2015).