これまで、新規錯体を設計・合成して各種分光法、速度論解析、計算などにより構造や性質を明らかにすると共に、合成した錯体の集合や動きに注目した触媒反応や機能化に関する研究を行ってきました。
1. シクロメタル化コラニュレン錯体
コラニュレンは、球状の芳香族化合物として知られるフラーレンC
60
の部分構造で、お椀状の芳香族化合物です。曲面状の歪みがあるため、平面状芳香族化合物のグラフェンなどと違って、表と裏が構造的にも電子的にも非等価です。さらに、この曲面はユニークな反転運動も示すことから超分子モチーフとして興味深い化合物です。
コラニュレンにピリジル基を導入した新規配位子と金属イオンを反応させることでシクロメタル化錯体を合成することができました。パラジウム錯体を合成すると、結晶中でカラム状に集積しました(
Dalton Trans.
,
2013
,
42
, 3300)。 イリジウムを反応させると、Irの配位と歪みの解消を駆動力としてC-C結合開裂反応が起こることもわかりました(
Angew. Chem. Int. Ed.
,
2015
,
54
, 5351)。
2. π曲面間光誘起電子移動反応
光誘起電子移動反応や長寿命電荷分離状態は、光合成の重要ステップとして人工光合成の実現を目指して研究されてきました。フラーレンは優れた電子受容性を有することが知られていますが、構造的に有利と考えられるπ曲面間の電子移動反応は研究が行われていませんでした。フラーレン骨格とコラニュレンの組み合わせであれば、π曲面間電子移動について考えることができます。
そこで、フラーレンC
60
の認識に適したπ曲面を有するコラニュレン(C
20
H
10
)と優れた電子受容性を有するリチウムイオン内包フラーレン(Li
+
@C
60
)を反応させると、基底状態で電荷移動錯体を形成しました。Li
+
@C
60
や電荷移動錯体を光励起し、時間分解分光法を用いると、短寿命(
t
= 1.4 ns)の一重項電荷分離状態や、超分子内逆電子移動過程で電荷再結合する長寿命 (寿命240 ms) の三重項電荷分離状態が検出でき、電子移動過程が詳細に明らかになりました。また、励起状態において強く錯体形成(生成定数
K
T
= 1.3 × 10
3
M
–1
)することも明らかになりました(
J. Am. Chem. Soc.
,
2014
,
136
, 13240)。
3. 多孔質材料担持銅錯体触媒と過酸化水素による一段階ベンゼン水酸化反応
工業的に重要なベンゼンからのフェノール合成法としてはクメン法が知られていますが、環境負荷が大きいため環境負荷の小さい合成法の研究が行われています。その一つとして過酸化水素と銅錯体による一段階ベンゼン水酸化反応がありますが、反応効率や選択性において課題が残っています。そこで、トリス(2-ピリジルメチル)アミン銅(II)錯体(
1
)を用いた過酸化水素によるベンゼンの選択的水酸化反応に関する研究を行いました。
ベンゼンと過酸化水素に触媒量の錯体
1
を加えて室温下アセトン溶液中で反応させるとフェノールが得られました。この反応の速度論解析とスピントラップによりラジカル連鎖反応機構が明らかになりました。また、多孔質材料の一つであるメソポーラスシリカアルミナへ担持すると、親溶媒性の違いでベンゼンだけが孔に入ることを好むことで、生成物選択性と反応効率が向上し、触媒回転数4320を達成しました(
Chem. Sci.
2016
,
7
, 2856)。
4. 電荷分離型錯体イオン結晶によるカタラーゼ様触媒反応
不均一触媒は安定性や取り扱いの容易さから工業的にも有用で、金属や金属酸化物については結晶面依存性などが報告されていますが、錯体イオン結晶については報告がありませんでした。阪大の今野先生らが報告している非クーロン力支配型イオン性固体(NCIS)の一つである[Au
4
Co
2
(dppe)
2
(D-pen)
4
]X
n
([
2
]X
n
; X
n
= (Cl
–
)
2
, (ClO
4
–
)
2
, (NO
3
–
)
2
, SO
4
2–
)は、カチオン種とアニオン種が分離してそれぞれ集積した結晶構造を有し、アニオン種によって異なる結晶面が優先して結晶表面に現れます(結晶形が異なります)。そこで、この結晶を使って錯体イオン結晶の触媒活性の依存性の研究を行いました。
[
2
]X
n
にH
2
O
2
水溶液を加えるとO
2
が発生し、カタラーゼ様の不均一触媒活性が示されました。この活性はアニオン種、集積構造、結晶形に依存することがわかり、Co
III
錯体として高い触媒活性 (TOF 1.4 x 10
5
h
–1
) と合わせて、表面の分子配列および部分的Co
II
酸化状態の発生や計算によって説明することができました。(
Chem. Sci.
,
2017
,
8
, 2671)。
上記の研究は、これまで所属してきた研究室や共同研究者の方々との共同研究です。