細川陽一郎教授が主催する当研究室では、最先端レーザー技術と顕微鏡技術を駆使した、細胞やタンパク質などのバイオ試料の超微細・超高速操作技術の開発と研究を推進しています。特に、超短パルスレーザー(フェムト秒レーザー)を利用した細胞の操作・加工技術では、世界最高レベルの研究施設と研究実績を有しています。
レーザーが拓くナノバイオ 増原宏、細川陽一郎 著
イントロダクション
光は古来より神秘の象徴であり、宗教、物語、歌謡、映画などのあらゆる場面で人知を越えた事柄の象徴として使われてきました。
レーザーは人工的に作られた特別な光で、レーザーという言葉一つの中に、光の神秘性と人工性の相容れない二つの意味が混在しています。そんなレーザーという言葉を聞いて、そこはかとないわくわくとした気持ちになるのは我々専門家だけではないはず。
一点に向かって走る閃光が、私たちに未来の技術を約束してくれるような気になりませんか?
このレーザーがまさに架け橋となり、ナノテクノロジーとバイオテクノロジーの融合を果たし、新しい技術を拓こうとする試みこそ、本書のテーマである“レーザーが拓くナノバイオ”です。
レーザーを使うことにより、ナノ・マイクロの世界でものを“見る”、“切る”、“操る”といったことができます。
物質をナノメートルの精度で制御しようとするナノテクノロジーにおいて、このようなことができるレーザーは大きな役割を果たしています。
レーザーによるナノテクノロジーへのアプローチは“見る”技術(測定技術)からスタートしており、レーザーが発明されて以来、生体物質だけでなく、金属、半導体、有機物等の性質を原子・分子レベルで明らかにしてきました。
現在、レーザーと顕微鏡を組み合わせた測定装置が多く実用化されており、研究・開発の様々な場面で活躍しています。
そして、レーザーでナノサイズの物を見ることだけでは飽き足らなくなり、レーザーでナノ・マイクロサイズの物体を切ったり、操ったりするレーザー微細加工・操作へと技術は展開してきました。
物を加工し、製品を作り上げることこそ産業の根底であり、ナノ・マイクロの世界のレーザー技術も“切る”、“操る”といった技術が実際に生かされるようになったとき、もたらされる経済効果は計り知れないものとなるでしょう。
しかし、レーザーの微細加工・操作技術は、まだその潜在能力が十分に発揮されているとは言えず、その本格的展開は21世紀に残されています。
特に、バイオテクノロジーのための新しいツールとしてのレーザー微細加工・操作技術は、近年各方面から注目されるようになってきました。
レーザーによる測定技術が向上してきたのとほぼ同じ年代に、生体に関するナノ・マイクロレベルの理解が急速に進んでおり、細胞内での遺伝子やタンパク質の機能が解析されてきています。
それらの知見とレーザー微細加工・操作技術を組み合わせたとき、ナノ・マイクロサイズであるタンパク質や細胞の一つずつを人間の思うがままにコントロールできるようになるかもしれません。
これぞ、ナノテクノロジーとバイオテクノロジーが融合したナノバイオが目指す究極の姿です。
本書では、そのようなナノバイオを現実のものとするレーザーの微細加工・操作技術の潜在能力について述べていきたいと考えています。レーザーによる測定技術については詳しくふれませんが、他に良い参考書が出ているので、それらを参考にしてください。