研究紹介
高次構造転移による情報伝達制御
ここで示したアニメーションは、細胞で生じる情報伝達の仕組みを模式的に示したものです。はじめに、細胞の外からの刺激として低分子化合物(リガンド)が、細胞の表面に存在する蛋白質に結合し、その後、蛋白質の解離・結合の連鎖反応が生じているのがわかるかと思います。このように、生物システムにおける情報の伝達は、神経細胞を除く、ほとんど全ての場合、物質と物質の接触によって実現されています。このような物質と物質の接触による情報伝達を考える場合には、互いの結合親和性の調節が重要なキーワードとなってきます。
蛋白質を介した情報伝達では、蛋白質で生じる高次構造転移によって結合親和性が調節されています。アニメーションをよく見ると、リガンドと蛋白質や、蛋白質と蛋白質が結合することによって、個々の蛋白質の形に変化が生じているのがわかるかと思います。このように、物質の結合と共役した高次構造転移と、その後、それによって生じる下流蛋白質との結合親和性の変化によって、生物システムにおける情報伝達は制御されています。創薬研究のターゲットは、まさに、このような物質接触による情報伝達系であり、薬剤によって情報伝達を人工的に調節しています。我々は、光を外部刺激とした情報伝達をモデル系として、「光による蛋白質の構造転移」や「構造転移によって生じる、後の情報伝達の調節機構」を研究することによって、生物システムに見られる、物質接触を介した情報伝達機構の本質を理解しようとしています。
研究の一例として、光センサー蛋白質(Photoactive Yellow Protein, PYP)で生じる高次構造変化、並びに、その動作機構に関する研究を示します。光情報伝達機構の理解を目指したモデル系の構築の項にあるように、PYPは光に応答し、その情報を下流蛋白質に伝達する機能を有しています。我々は、下流蛋白質との結合親和性の調節機構の基本原理を理解することを最終目的として、光によって誘起されるPYPの高次構造転移の解析を行ってきました。蛋白質の構造を解析する代表的な手法の一つにX線結晶構造解析があげられますが、一般に、反応過程で生じる大きな構造変化は結晶中で阻害され、観測することが困難です。そこで、我々は、溶液中で生じる高次構造転移を観測する手法を開発し、上図に示したような構造変化が生じることを明らかにしてきました。さらに、分光学的な測定から、このような高次構造転移は、蛋白質が光を吸収し、数100μ秒後になって初めて生じることがわかってきました。この時間領域では、反応中心近傍に存在するプロトン(水素原子核)が数Å程度移動する反応が生じており、蛋白質のごく一部分で生じる局所的なプロトン移動によって、高次構造転移が誘導されていることがわかりました。このような局所的な状態変化と共役した高次構造転移は、蛋白質一般にみられる性質であり、現在は、その共役機構について研究を進めると同時に、下流蛋白質との複合体形成について研究を進め、物質接触を介した情報伝達機構の理解を目指しています。